TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/08/03

第80話(全130話)

マリカのために! 早く!(1/3)




4 マリカのために! 早く!

 フィンフィンは懸命に尾鰭を振っていた。空をフワフワ飛ぶ時はバランスと舵をとるために
しか使っていないから、普段は尾鰭などあることすら忘れていた。けれど、こうやって海の底
を目指して泳ごうとすると、普段使っていない尾鰭にものすごい力を加えなければならない。
それだけでもたいへんなのに、いまはその尾鰭が傷付いている。ティゼルの実のおかげなのか
、血は止まり、麻痺状態からも脱したけれどそのぶん、激痛が尾鰭から脳天へと水をひとかき
するごとに電流のように突き抜けて行く。フィンフィンは歯を食いしばった。
 マリカがいなかったら、あの暴風雨の中、ぼくは生きのびることはできなかったろう。マリ
カがもう少しでも、ぼくへと愛を注ぐのをためらっていたら、それだけでぼくは著しく衰弱し
てしまっただろう。
 フィンフィンはそう思っていた。勝手な思い込みではなく、それが真実だとわかっていた。
だからこそ、いま歯を食いしばっている。マリカのために、ぼくに出来ることがあるとすれば
こうやって海の底へと潜り行くことだけだ。テオの海にはさまざまな秘密がいっぱいある。自
分を進化させるためには何が必要なのかを、いつも考えながら大海を左回りに渡ってゆく「考
える海流」というものもある。また海の底にせっせと宮殿を作って、その周りには町まで作っ
てしまおうと計画しているウミロッコもいる。海で命を落とした人間たちの魂を乗せて、海底
をゆっくりと進んで行く幽霊船についての噂も聞いたことがある。
 そういう海の秘密を何でも知識の中にたくわえているアニレグナという生き物もいる。フィ
ンフィンはいま、そのアニレグアを捜そうとしていた。アニレグアは地球で言えばマンボウに
似た生き物だ。体長(頭から尻尾まで)七○メートル、(尾鰭から腹鰭まで)六五メートル。
体の巾はしかしわずか1メートル。そういう体形をしていた。だから横から見れば角の丸まっ
た三角形。立てから見れば細い棒が漂っているように見えた。フィンフィンはそれを捜してい
た。海の秘密をすべて蓄えている、移動海中図書館なのだ、という噂が本当なら、アニグレア
こそ、マリカを救う方法を知る唯一の生き物のはずだ。
 海がすべての命を育んだのだ、という伝承が事実なら、マリカの命を救う方法も海は知って
いるはずだし、海が知っているなら、それは当然アニグレアだって知っているだろう。
 フィンフィンは痛む尾を懸命に振って、深海へと全速力で降りて行く。
 広い海の中で、そんなに都合良くアレグニアなどと出逢えるはずはなかった。フィンフィン
にもそれはわかっていた。だけど、どうしてもマリカのために何か手助けがしたかった。自分
にも何かできるはずだと思った。その何かについて考えた挙げ句、フィンフィンにはアレグニ
アを捜すことしか思い浮かばなかった。
 どんなことも偶然ではない。すべては宇宙の理の中で、あらかじめ定められている。のだと
すれば、フィンフィンがアレグニアのことを思い出し、それを捜すべきだと考えたこともまた
偶然ではなかったのだろう。その行動にもやはり宇宙的な意味があった。アレグニアなどとそ
う簡単に遭遇できるはずはないのだが、それでもフィンフィンに海底まで潜ってもらうために
、宇宙はわざわざアレグニアのことをフィンフィンに思い付かせたのだ、とそう勘繰ってしま
いたくなる。
 勘繰りたくもなるほど、宇宙の神秘はマリカのために、特別な贈り物を用意していた。それ
は光さえ届かない深海でフィンフィンがやってくるのを待っていた。
 フィンフィンはジンジンと痺れ、感覚はほとんどないのに、それでも激痛だけは律儀に脳天
まで貫き続ける尾っぽを懸命に振りながら、海の下へ下へと降りて行く。海面で静止した筏の
上で飢えと乾きに命を奪われそうになっていることが、まるで遠い御伽話の中の悲劇であるか
のような、そんな海の中だった。そこには命の賑わいがあった。色とりどりの魚たちが思うが
ままに泳ぎ回り、戯れ合い、そして愛し合っている。フィンフィンの目の前を虹色の体をわず
かな光に輝かせる魚の一群が通り過ぎて行く。その魚には足があり、飛び魚のような翼があり
、嘴があった。そう、それはじつは魚ではなく鳥だった。ルピッシュという体長三○センチぐ
らいの鳥で、彼らは何故か空ではなく海の中を泳ぐことに喜びを見いだした種族だった。それ
でも海の中は自分たち本来の世界ではないから、ちょっと心細いのか、いつも数百の群れで行
動している。
 フィンフィンは鳥のくせにこんな海の真ん中を泳ぎ回っているルビッシュたちを不思議そう
に見送った。けれど考えてみればフィンフィンだって、本来は海の生き物なのに、鰭を翼に進
化させて空を飛ぶようになった生き物なのだから、ルビッシュたちのことばかり奇妙だの変わ
り者だのと笑えはしない。ルビッシュたちはフィンフィンの鼻先を泳ぎ渡ると、いったん海底
の深みへと潜って行き、姿を消したかと思うとまた群れでUターンしてきて、フィンフィンの
鼻先を通り過ぎる。ルビッショのほうも「これが空を飛ぶようになったイルカか。はじめて見
たな」とか何とか言いながら、珍しそうに観察しているのだろうか?
 フィンフィンは何だか自分がピエロになって、数百の観客にみつめられているような気分に
なってきた。そしてルビッシュたちが四回目に自分の前を通過した時、ガウッと吠えかかった
。いまはきみたちの見せ物になってる場合じゃないんだ。マリカのために何とか塩っ気のない
水を捜さなきゃならないんだよ。邪魔だから向こうへ行っててよ。きみたちの相手なんかして
る閑はないんだよ。と、フィンフィンは抗議したつもりだった。ルビッシュたちは大群で行動
するような生き物だから、つまり極めて臆病な生き物だった。だからフィンフィンくらいの大
きさの生き物に吠え立てられたら、普通なら蜘蛛の子を散らすようにワッと逃げて行くはずだ
った。しかしいま、ルビッシュたちはちょっとビクッとフィンフィンとの距離を取っただけで
逃げ出す様子はない。ルビッシュたちは彼らなりに、ある種の使命感を帯びているような感じ
だ。何としてでもフィンフィンの気を引けと、彼らは誰かに命ぜられているような雰囲気があ
った。ジッとフィンフィンをみつめ、海底へと潜って行き、また上昇してきて、フィンフィン
の鼻先をかすめ、ジッとフィンフィンをみつめてから、また海底へと降りて行く。その動きを
ルビッシュたちは懸命に繰り返している。本当なら怖いはずの大きなフィンクをわざわざ挑発
しているようだ。

(つづく)




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